この花の・・・もう一つの花言葉を知ったら、キミはどんな顔をするんだろう。
何の気なしに歩いていたら、路地の裏に小さな花屋を見つけた。
私は普段は花は見ない。枯れてしまう経過を見るのがとても嫌いだったから・・・。
咲いている間はキレイだけれど、枯れてしまった花を見るのはとても辛い。
だから、花は嫌い。キレイに飾られたショーウィンドウの中に並ぶ花はもっと嫌い。
わざわざ手折って並べて、一体何が楽しいと言うのだろう。
「花だって、外に咲いているのが一番幸せだろうに・・・」
私はショーウィンドウの中にキレイに並べられた沢山の色を眺めながら呟いた。
すると、中から一人の清楚そうな女の人が花束を抱えて出てくるのが見える。
とてもとても幸せそうな笑顔…誰かにプレゼントでもするのか、はたまた自分の為に買ったのか…。
彼女の腕の中で思い思いに揺れる花たちは、一体何を思ってるんだろう…なんて考えが頭をよぎる。
そして、彼女の姿にあの子の姿を重ねてあの子の幸せそうな顔を想像してしまう・・・。
両手一杯の花を抱えて嬉しそうなあの子と、それを眺める幸せそうな私…。
「・・・バカだな・・・私は・・・」
ありもしない事に思いをめぐらせて、想像の中だけで楽しむ自分なんてとても滑稽だろう・・・。
それでも私にはそれを止める事は出来ないし、止める気もない。
だって、想像の中だけはキミは私のモノで、私はキミだけのモノになれるから・・・。
「いつかは叶うのかな・・・」
そう言えば、昔何かの本で読んだ事があったっけ。
願い続ければ願いは必ず叶うのだと・・・。
でも、そう簡単に願いは叶わないし、願い続けても叶わない事だって確かにある。
いつまでたっても叶わない想いを抱き続けるのは・・・やっぱり辛いし・・・とても痛い・・・。
私はそんな事を考えながらしばらくその花屋を少し離れたベンチに座って眺めていた。
すると、これが結構面白い!色んな人たちがそこに入って行っては色んな表情を浮かべて花屋から出てくるのだ。
ものすごい笑顔で店から出てくる人もいれば、なんだか浮かない表情で出てくる人もいる。
それぞれにドラマがあって、これから色々なシュチュエーションであの花達を活躍させるのだろう・・・。
「ああ・・・そうか・・・」
あの花達はその時を待っているんだ・・・きっと。
自分達が最高に輝ける場所を・・・ずっと待っていたのかもしれないんだ・・・。
花達は、決して不幸なんかでは無かったのかもしれない…それが幸せなのかもしれない…。
私はふと、そんな事を考えながら、足元い咲いていた小さな名前も知らない花に目をやった。
生温い風に揺られながら、嬉しそうに咲く花…ショーウィンドウの中でライトを浴びて毅然と咲く花…。
どちらが幸せなのかは私には解らないけれど、この小さな花もあのガラスの中の花達も、
とても愛しく思える自分に少し驚いた。
あれほど嫌いだった花が今は少しだけ好きになれた・・・そんな気がする・・・。
気がつけば私は花屋の中にいて、沢山の花達をじっと眺めていた・・・。
「誰かへのプレゼントですか?」
品の良さそうなおばあさんがただ立ち尽くしているだけの私に声をかけてくれる。
むせ返るような花の匂いに、私は少しクラクラしながらそのおばあさんに尋ねてみた。
「あの・・・つかぬ事をお伺いしますが・・・」
「はい?なんでしょう」
「えっと・・・花言葉なんですけど・・・」
「はい?どの花のでしょう?」
どの花・・・と言われても・・・何も決めてない・・・。
ただ、今の自分が祐巳ちゃんに贈るとしたら・・・どの花がいいんだろう・・・?それを聴きたかった・・・。
でも、それをこのおばあさんにどう説明すればいいのか解らない・・・。
「あの・・・花を贈りたい人がいるんですけど、その人にどれを贈ればいいのか解らないんです・・・だから・・・」
とりあえず私は思っている事を素直に伝える事にした。
だって、どうしても祐巳ちゃんに何か花を贈りたかったから・・・たとえ、それが全くの無意味であっても。
「だから花言葉で花を選ぼうと?」
「・・・はい・・・」
「それで・・・あなたはどんな想いを伝えたいのかしら?」
「・・・どんな・・・想い・・・」
・・・私が祐巳ちゃんを想う気持・・・それは一体なんだろう・・・。
今の・・・気持ち・・・。
「・・・痛い・・・かな」
「・・・痛い・・・のね?それはその人を想うと胸が痛いってこと?」
「ええ、まあ」
伝わらないもどかしさとか、伝えられない歯がゆさとか、
そんなものが私の中で広がって、どんどん心を蝕んでいく…。
それは痛みになって心に届いて・・・。
「・・・それなら・・・これがピッタリだわね、きっと」
おばあさんはそう言って、少し背伸びをすると筒状になった蕾が沢山ついた花を一本取り出し、私に手渡した。
「花言葉は、あなたを想って胸が痛む・・・とか、あなたは私を楽しませる・・・とか・・・切実な想い。
どう?ピッタリでしょう?」
あなたを想って胸が痛む・・・あなたは私を楽しませる・・・切実な想い・・・。
私は驚いた。これほどまでに今の心境にピッタリとくる花があったなんて、と。
それと同時に、祐巳ちゃんに贈るならこの花しかないだろう、と。
「この花・・・名前は?」
私は沢山の蕾をつけたその花をクルリと一度回す。
するとその花はまるでファッションショーをしてるみたいにキレイに弧を描いた。
「トリトマと言うの。今はまだ蕾でオレンジ色をしているけれど、花が咲くと黄色くなるのよ」
「・・・へえ・・・面白い」
「そうでしょう?だからきっと、あなたは私を楽しませる、なんて花言葉がついたんでしょうね」
「・・・なるほど・・・」
その後、ほんの少しだけおばあさんとおしゃべりをして、私はトリトマを一本だけ買った・・・。
誰よりも愛しいあの子に贈るために・・・。
「ど、どうしたんです?急に!?」
突然やってきた私を見て、目を丸くした祐巳ちゃんの表情はなんともいえなかった。
驚いたような、恥ずかしそうな・・・そんな顔。
「いや〜この間のお詫びも兼ねて今日は祐巳ちゃんにプレゼントがあるんだ!」
今の私の顔は・・・きっと、自分でも恥ずかしくなるぐらい幸せそうな顔をしているに違いない・・・。
顔面の筋肉が緩みきってどうしようもないぐらい腑抜けた顔・・・。
「・・・私に・・・ですか?そんな・・・いいですよ!迷惑とかも思ってませんし!」
祐巳ちゃんは私の申し出に案の定困ったように笑う・・・そりゃそうだろうな・・・。
突然やってきてプレゼントがあるなんて言われれば、誰だって驚くに違いない。
「まぁまぁ、そう言わず受け取ってよ。祐巳ちゃんの為に買ったんだし、貰ってくれなきゃこの子が可哀想だからね」
せっかく輝ける時を待っていたのに、祐巳ちゃんにもらってもらえないのでは話にならない。
私はそう言って後部座席に手を伸ばし、さっき買ったばかりの花を取り出した。
そして、それを祐巳ちゃんに手渡す・・・たった一本の花束を・・・。
「・・・お花・・・?」
「うん。トリトマって言うんだって。可愛らしいでしょう?」
「ええ・・・とても・・・・・・ありがとうございます・・・大切に・・・しますね」
そう言って私から花を受け取った祐巳ちゃんは少しだけ俯いてはにかんだような笑顔を浮かべてくれた・・・。
その顔が見れただけでも私としてはとても嬉しいんだけど…あまり長い間その顔を見つめてはいられない…。
自分の気持ちを抑えるだけの理性を・・・きっと保てない・・・。
だから私はいつものようにわざと、この子をからかってしまうんだ・・・。
そうすれば、こんな切ない表情は見なくてもすむから・・・我慢出来なくなるのを堪えなくてもすむから…。
私は祐巳ちゃんが大切そうに抱えるトリトマを、人差し指で軽く弾くと言った。
「うん、大事にしてやって。ちなみにその花の花言葉は・・・」
「・・・花言葉は・・・?」
「キミは私を楽しませる!どう?ピッタリでしょう?」
そう言って意地悪な笑みの一つも浮かべれば、いつもの友人へと戻れる。
とても仲の良いただの友人に・・・。
案の定祐巳ちゃんの表情は一瞬強張ったかと思うと、もの凄い勢いでコロコロと変化し始めた。
「せ・・・聖さま・・・まさか私をからかうためにわざわざ花買ったんじゃ・・・」
「まっさかー、そんな事ないって。祐巳ちゃんの喜ぶ顔が見たかったからに決まってるじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
まぁ、本当はただ会いたかっただけなんだけど…。
その口実に花を贈るつもりだったのに、いつの間にかそっちがメインになっちゃっただけで・・・。
ははは、と苦笑いする私を明らかに不審な目で見る祐巳ちゃん…。
こうやっていつも私は近づかないんだろうな・・・きっと・・・。
近づいてこられると逃げるくせに、離れると近づこうとする…そのくせいざって時にはやっぱり逃げて…。
ほんと・・・どうしようもないな・・・。
「それじゃあ、またね。祐巳ちゃん。次に会うのは・・・海だね。祐巳ちゃんの水着姿楽しみにしてるからね!」
「聖さまっ!!もう!!!・・・う〜・・・お花・・・ありがとうございます・・・」
恥ずかしそうに怒る祐巳ちゃんが、いつもに増して可愛く見える。
ありがとう、と言う声が…切なく耳に響いて、なんだか泣きたくなってくる・・・。
この感情をなんと呼べばいいんだろう・・・あてはまる言葉が思い当たらない・・・。
「いいえ、どういたしまして。それじゃあ・・・ね」
「はい・・・ごきげんよう・・・」
「・・・うん、ごきげんよう・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
離れたくない・・・でも離れなきゃならない・・・。
私は何も言わず、祐巳ちゃんも何も言わない…。
そして、私は祐巳ちゃんの顔も見ずに、ただ手だけをあげるとブレーキから足を離した・・・。
ルームミラーごしに、どんどん小さくなる祐巳ちゃんに目をやる。
しばらく祐巳ちゃんは私に手を振ってくれていた・・・けど。
次の瞬間私の頭の中は真っ白になった・・・心がざわめくのが解る・・・。
「・・・祐巳ちゃん・・・それは反則だよ・・・」
私は思わずひとりごちた。ミラーで確認すると、私の顔は熟れたトマト並に真っ赤で・・・。
祐巳ちゃんはきっと、もう私には見えないだろうと思ったんだろう。
ただ花に対してその行為をしただけなのも解ってる…でも…それはとても嬉しくて、幸せで…。
私は、そっとミラーをずらすと、もう二度と祐巳ちゃんが視界に入らないようにした・・・。
「聖さまの・・・ばか・・・」
私はそう言って、聖さま本人には決して出来ないキスを花に落とす・・・。
小さな蕾にそっと唇を寄せて、優しく・・・想いを込めて・・・そっと・・・。
出来るなら・・・このキスがあなたに届けばいいのに・・・そんな願いを込めて・・・。
本当に伝えたい言葉は、本当はそれじゃない。
本当に伝えたい笑顔も、本当はこれじゃない。
そのキスも、私にとっては媚薬の一種で、
たとえ私に対するモノでなくても、私はそれに翻弄される・・・。
本当の事が伝えられないまま、私の心が痛む。
まるで、その花の花言葉のように・・・。